俺氏、ピアノ始めて半年経過 

2015, 02. 19 (Thu) 22:12

今月で、ピアノ始めて半年。
仕事の日は2時間弱、休みの日は1~5時間、こんなに練習しまくるのは、たぶん今年で最後だろうな。
微妙に生活に支障を来して、自炊と掃除が最低限になった。
友達付き合いもちょっと悪くなった。
とはいえ、世捨て人になる程じゃないし、今年はこのペース保つぞ。
むしろペース上げるぞ。
おじさん、ペース上げちゃうぞ。

最近の変化。
指の余計な力が抜けて、ミスタッチが減った。
音の繋ぎも前より調整できるようになってきた。
ペダルもぎこちなさがなくなってきた。

始めて2ヶ月目くらいだったかな、猫ふんじゃったを覚えた時期。
親指の可動範囲に逆らうと、腱鞘炎っぽい痛みが出る事に気づいた。
やばいと思って、何日かピアノの練習をストップして、手の形とか動かし方を調べた。
その間、練習できなくてめちゃめちゃ苦痛だった。
喩えるなら、惚れた相手に正座して反省してろ、とか言われたような気分。
や、それだったら甚だしく嬉しいんだけど、ピアノの練習をできないのは、辛さしかなかった。

ピアノが原因の腱鞘炎は、親指がなりやすいみたい。
親指の関節が1番複雑で、小指とかは造りが単純だから、意外とタフらしい。
なので、親指の可動範囲に注意して弾くようにしたら、何時間練習しても、痛くなるような事はなくなった。
でも、まだまだ結構、無理やり弾いてたっぽい。
脱力できる余地があった事に今まで気づかなかった。

で、やっと最近、力の抜き方が分かってきた。
少しずつ、ピアノ弾く指が作られつつあるって事なのかな。

ただし、今のところ電子ピアノ限定。
生ピアノで通用するかどうかは、明日のレッスンまで分からんす。

・ソパンさん:ワルツ19番

自分的にちょうど良いかな、って速度に近づいて、音のバラつきもだいぶ減った。
中盤の装飾音符が連続するとこでたまにトチるけど、この曲の独特のリズムと強弱や緩急の付けどころが見えてきた。

ペダルも2つのパターンで入れられるようになった。
3拍の中の1拍目で離すパターンと、3拍目で離すパターン。
軽快で弾んだ感じの響きにしたい時は1拍目で離す。
先生の推奨は、こっちなので、メインはこの弾き方。
気分転換で、響きの綺麗さをもうちょっと前に出したい時は、3拍目で離して、左手は弱めにしてる。
こっちは音というか曲全体が輝く感じ。

・ソパンさん:ワルツ10番

全音の楽譜だと、4ページあって、3ページ目は♯だらけ。
しかも、旋律まで和音になってて、俺のレベルをだいぶ超過してた。
それでも、何とかなりそうだなぁって思ったのは、そんなに速い曲じゃない、ってのと、曲全体の構成は、割とシンプルだったから。
でもって、この曲を心底好きだったから。
まぁ時間は掛かるだろうとは思った。

実際、もう1ヶ月半くらいやってる。
で、やっと暗譜が終わった。
ペダル入れて弾いてみると、この曲は別世界だ。
運指もだいぶ良くなったけど、多分この曲は教室のグランドピアノだと、ミスタッチしまくりそう。
うちのプリ作君は、ちょっと鍵盤軽いからね。

・ブルクミュラーさん:牧歌

まだやってるw
ワルツ2曲の区切りが見えてきたので、再開した。
ワルツ19で、装飾音符とかトリルを散々練習したせいか、前よりしっくり来る。
明日でOKもらえるように今日は頑張ろう。

そろそろ重点をブルクさんに戻して、来年は18の練習曲を始められるようにしたい。
この人の25の練習曲はかなりの人がやるけど、18とか12の練習曲は、やる人があんまり多くない。
18の練習曲をやれるレベルになると、もっと良い曲いっぱいあるもんね。
メカニカル視点でも、バッハさんのインベンションとかシンフォニアのが効果高いだろうし。
でも、18の練習曲は、めっちゃ良いよ。
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パパん捜索9 

2015, 02. 19 (Thu) 00:04

2012年9月13日

叔母さんと2人でお茶を飲みながら、色々話した。

叔母さんはおっ父の姉で、当時うちが困窮してた時に、陰で(おっ父に金使われないように内緒で)おっ母に支援してくれたらしくて、おっ母はこの人にはかなり感謝してた。

おっ父とおっ母が離婚の為の最後の話し合いは、叔母さんの家で行われた。
話し合いの最中は、俺は前述のいとこ達に、近所のハイキング施設に連れてって貰ってたそうな。
その日、叔母さんは、俺の顔を見るのは最後になりそうだからと、写真を沢山撮っといてくれたらしい。

おっ母は、離婚して俺の教育を起動修正する、と主張して、おっ父も合意してくれた。

ちなみに、この時に父方の祖父さんは、不貞寝して、おっ母が切れかけた。
おっ母は、この人の事が大嫌いだ。
俺はむちゃくちゃ可愛がられてて、良い思い出しかないから、ちょっと複雑なんだけど、嫁いびりが相当酷かったらしい。
おっ母は、自分から人に文句つけるような性格ではないけど、反撃に入ると容赦ない。
結果、祖父さんは、おとなしく超絶糞と遊んでるかメシ食って寝てろ的な扱いになって、いつも俺とお遊戯に勤しんでたw
めちゃめちゃ楽しかったww
なので、俺はかなり甘やかされてた。

両親が離婚してから、おっ母の実家で俺の根性を叩き直す事になって、母方の祖父やおっ母に暫くビシバシやられた。
時々、父方の祖父母が恋しくなった。
父方の祖母は、大人しくて上品で威厳のある人で、常におっ母の味方だった。
この人に掛けてもらった愛情は忘れられない。
2人とも他界してる。

尚、両親の離婚後も、俺の根性は叩き直らなくて、小2の時には女の子とガチで喧嘩した上にボコられて完敗した。
母方の祖父は、何て情けないガキだって嘆いて、俺を剣道場にぶち込んだ。
じいちゃんは、自治体のお偉いさんだった。
その伝手でぶち込まれた道場で、しかも、誰よりも厳しくシゴいて下さいとか頼んだらしくて、スペシャルコースのシゴきを延々受け続けた。
毎回、今日こそ殺されると思った。
俺は剣道じゃなくておピアノ習って、エーデルワイスを美しく弾きたかったんだよ。。

でも、母方のじいちゃんは、俺の父親代わりになってくれて、人の在り方を丁寧に示してくれた。
仕事も家事も料理もできて、体罰とかしないし、忍耐強くてユーモアもあって、動物を愛する人、何と言うか、いかにも戦前の男みたいなステレオタイプとは違った価値観で生きてる人だった。
ってか、まだ生きてて、仲良い。
じいちゃん、俺は今だに根性なしでごめんね。

話を戻すと、離婚の話し合いが全部終わって、おっ母が俺を連れて出てくと、おっ父は洗面所で号泣したらしい。
この話は、結構堪えた。

その後、おっ父は日雇いである程度稼いだら、ふらっとどこかに行って何年か音信普通になる、で、また東京に戻って叔母さんに会う、また放浪に出る、って暮らしを繰り返してた。
当時の景気だと、そういう生き方でも余裕で何とかなったらしい。
叔母さん曰く、おっ父を分かりやすく喩えるなら、芸術家から芸術に関わる全てを欠落させたような人だって。最悪www

俺はおっ父も好きだけど、両親が離婚しなかったら、父方の祖父→おっ父→俺、というふうに、負の連鎖を目一杯受け継いじゃってただろうな。
想像するとゾッとする。
今だって微妙なとこが多々あるのに。
彼等が離婚してくれた結果、かなり恵まれた環境で育ててもらえた。
若い頃は、自分の資質や努力の結果、今の自分があるとか過剰な自信を持ってたけど、色んな大人の決断や努力の結果、与えられた部分が多いんだな、って思った。
おっ父とおっ母の選択に心底感謝してる。

叔母さんとおっ母は、いずれ再会するかも知れない。
おっ父とおっ母は、絶対無理だw
おっ父を連れてったら、2人とも首絞められるww

それからまた数ヶ月、2013年になった。

おっ父に貰った腕時計の事を思い出した。
既にお気に入りの腕時計を持ってるので、おっ父にもらった方は、バンド調整だけして、しまったままだった。
歳取ったら使おうと思ってた。
でも、軽くて薄くて正確だから、仕事の日はたまにこっちも着けようかな、と思い直した。

箱から腕時計を出したら、針がギューーーンって回り始めた。
ソーラーパネル式の電波時計が光に当たって動き出した、ってだけなんだけど、動き出した瞬間に思考が止まって、意識が視界だけになった。
暫く針が回ってて、その間ずっとその動きに見入ってた。
解釈しようとすると色々くだらないけど、鮮明でドキドキした。

全部、本当の話。おしまい