超ローカル史 

2020, 04. 13 (Mon) 19:19

一応、地名とか少しぼかすけど、ちょっと調べれば分かっちゃう程度です。
万一、興味ある人は調べてみてね。


うちのお庭に、知らない爺さんが時々入って来る。
で、10分くらい寛いでる。
近所の爺さんらしく、散歩コースにしてる模様。

最初、防犯カメラを見た時は、ギョッとした。笑
1ミリの迷いもなく、一直線にうちに向かって歩いてる。笑

最近、ベンチとテーブルを買ってお庭に置いた。
多分その爺さんが活用者の第1号になるんだろうな、と思った。


先日、その爺さんがまた来た。
やっぱり速攻で、ベンチで寛いでる。
ちょっとは自粛しろよ。笑

で、爺さんに話し掛けてみた。
まぁ、やばい人ではなさそう。
ってか、実は極悪人だとしても、超ヨボヨボなので、1Fの窓にも辿り着けないだろう。笑
90代の人で、今の所にもう50年くらい住んでるらしい。

その爺さんに聞いた話。


昔は、この辺りは牧場だった。
それを生保会社が50年前に買い取って、丸ごと住宅街にした。
で、年間納税額が1000万くらいの人達が家を買って暮らし始めた。
おっ母が昔務めてた銀行の副頭取とかもいたらしい。

確かに、築年数が古そうな住居は、郊外とは言え東京とは思えないくらい広くてゴージャスなのが多い。
あと、道が広くて区画も綺麗だ。
自治会の区への発言権もかなり強くて、この辺だけ道もやけに平らでピカピカだ。
近所のショッピングモールも、この住宅街に過剰に配慮したような設計になってて、緑化も徹底してる。

今は、うちみたいな超しょぼい建売も増えて、もはや高級住宅街では全然ないんだけど、昔の金持ちの恩恵に預かれるのはラッキーだわ。笑
「最初に住んでた人達は裕福で教養の高い人が多かった。その子らは単に親から相続されただけだから全然大した事ないけどwww」と2世達を超馬鹿にしてた。笑

当時は住宅ローンの支払期間が最長で8年だったらしく、月の支払い額がかなり高額だったようだ。
それを、田中角栄さんが色々改革して(金利を下げた?)、かなり支払いが楽になって、あっという間に返済できたらしい。
田中角栄さんは世間では評価が分かれる人だけど、ここの住人達に取っては神様だ、と。

この辺りはやや高地で、50年前は周りが林だった。
夜になると雲雀が大量にピチピチ鳴いて、煩くて眠れなかったそうだ。
駅の方に西武バスが通ってたけど、駅近くにイトーヨーカドーが出来てから、西武バスは来なくなった。
ヨーカドーは西武のライバルだったので、嫌がらせとして廃止したらしい。

雲雀が大量にピチピチ鳴いてる林を、第一勧銀と三和銀行が買い取って、それぞれの福利厚生施設を作った。
どっちも東京ドームの数倍の敷地だった。
でも、国に公的資金をぶち込んでもらう際に、条件としてその無駄な施設を処分するよう指示されて、売り払った。

旧三和銀行の元グラウンドには、見るからに高そうな低層マンションが建った。
海外勤務から帰って来た人達をターゲットにして建てたらしい。
俺は最初に見た時、あまりの楽園っぷりにカルチャーショックを受けたよ。
広告で出回ってるような高級マンションともだいぶ違う。
何か、世の中ひでーな、と思った。笑

旧第一勧銀の元グラウンドには、ショッピングモールが出来た。
このショッピングモールの建設は、市長選挙の争点になるくらい大揉めしたらしい。
で、建設反対の立場の人が市長になったんだけど、ショッピングモール側が「前の市長がここまで誘致を進めといて、今更却下するなら覚悟しとけよ」と激怒した。
そしたら市長は震えあがって、やっぱ大歓迎します、と手の平を返した。
そうすると、今度は公約違反なので、市議会に避難されまくって、当初予算案が4回連続で否決される、という珍記録が作られた。笑

今はもう雲雀の声は聴こえなくなったし、(俺みたいな建売り世代の小物達のせいで)街並みもちょっとずつ崩れてきてる。
まぁ遅かれ早かれ、量産型の微妙な住宅街になるんだろう。


祖父母もそうだけど、90代のじぃさんばぁさん達には、個人を超えて敬意を感じるんだよね。
あの世代って、戦時中は若者としてこき使われて、生き残った後は敗戦国を先進国に変える中心になった人達なんだよね。
歴史的に著しい結果を出した世代を、さすがに老害とは呼べないね。
それ以降の世代は、単なるしぼりかすの寄せ集めみたいなのがひたすら続く事になるんだけど。笑


- 完 -
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