パパん捜索1 

2015, 02. 10 (Tue) 20:33

この話、長いよ。テンション低いよ。
はい、スタート。

2010年に、旗の台って街に引っ越した。
5歳から中学校卒業時まで暮らしてた下町に、街並みが少し似ているなぁ、と思った。
しかもこっちは、凶暴そうな若者やおっちゃんも見かけないし、治安は遥かに良さげ。
駅周りは鬱陶しくない程度に活気があって、電車ですぐの自由が丘や大井町も、歩いてて楽しい。
この街が凄く気に入った。

で、前年に退職して隠居生活に入ってたおっ母に、近所に引っ越して来れば、って勧めてみた。
いざとなった時にすぐ駆けつけられるし、って。

おっ母は基本的に人嫌いで、一人で本やテレビをひたすら観てるのが好き。
なので、いざという時に駆けつけられる程度の距離が、お互い、ちょうど良かった。

おっ母は結構喜んでた。
で、約3ヶ月後にこの街に引っ越して来ることになった。

引越しの片付けを手伝っていた時のこと。
とても無機質な口調でおっ母が言った。

「このアルバムに入れてある写真で、欲しいのがあったら持って帰りなさい。残ったやつは全部捨てるから」

アルバムは全部で数冊あった。

1冊目を開くと、若い男女が、穏やかに微笑んでる。
おっ父とおっ母の結婚披露宴の写真だった。
俺はおっ父の顔を忘れてた。

彼が写っているのは、結婚写真から俺が保育園年長に上がるまで。
保育園年長の時に、彼らは離婚した。
おっ母は俺を連れて実家に帰った。
以降、どっちもおっ父に会ってない。

今回の引越しを機に、おっ父が写っている写真は全て処分するとのこと。
何年も前に処分した写真もたくさんあるみたいで、アルバムには、写真を剥がした跡が幾つもあった。

写真に写ったおっ父の顔を長い時間、眺め続けた。
これが噂に聞いてた父親なんだな、と思った。

おっ父は、元ボクサーの薬師寺保栄氏を病弱っぽくしたような風貌だった。
おっ母に似た事に心底ホッとした。

それまで彼は、視界からの情報は全然なくて、親戚内の噂として耳から入るだけの存在だった。
噂話はどれもこれも碌でもない内容だったけど、お陰で全体像は鮮明になってた。

★祖父の経営を継ぐのが嫌で、シンガポールに逃亡留学した。

★帰国後、祖父にごめんなさいして、コネで政治家の秘書になった。

★おっ母とお見合い結婚した。

★バブル経済狂い咲きの時代なのに、祖父から継いだ酒屋とテナントの経営に驚異的な早さで失敗して夜逃げして、しばらく一家で都内を点々と逃げ回った。
(経営責任者はまだ祖父だったから、祖父が自己破産してからは、借金取りは来なくなった)

★親戚のコネで就職⇒数ヶ月持たずにこっそり退職⇒競馬にはまる⇒サラ金で借りた金を給料の振りしておっ母に渡す⇒何かのきっかけで退職がばれる⇒誰かのコネで就職…という糞ループをひたすら繰り返した。

★婚約指輪と結婚指輪を勝手に売り払った。

★兄弟や親戚にお金を借りまくって踏み倒した。

★おっ母の親兄弟にお金の無心をしまくって、やっぱり踏み倒した。

★おっ母の口座(独身時代の貯金と祖父からの結婚祝い)から100万円以上を勝手に引き出した。

上記をもっと生々しくしたような話を幼少の頃から散々聞かされてた。

なので、母方一族は、30年経った今でも、彼を物凄く嫌悪している。
特に祖母の怒りは尋常じゃなくて、俺は幼少時代、祖母に結構イビられた。
お前は奴の血を引く糞ガキだ!みたいな。
飛ばっ散りだと思ったけど、娘を不幸にしやがって、みたいな抑えきれない怒り、割り切れない、コントロールできない感情ってのはやっぱりあったんだろうし、他にやり場がなかったんだと思う。

…アルバムをしばらく眺めた後、もらう写真を4枚選んだ。
全部、結婚披露宴の時の写真で、実際に彼が写っているのは、2枚。
残りの2枚のうち、ひとつは父方の祖父が参列者にビールを注いでいる写真。
後の経営の破綻は、実際は彼の責任らしく、更に嫁いびりする祖父だったらしい。
なんだけど、俺自身にとってはめちゃめちゃ優しい祖父だったので、葛藤しつつも写真げと。
もうひとつは、彼が経営していた酒屋の従業員(倒産後、アル中になってのたれ死んだらしい)で、むちゃくちゃ人相の悪い人の写真。
これは、絵に描いたような悪人面が妙に気に入ったから。
ちなみにその人は、昼休憩の場所から私のオムツが視界に入るのが凄く嫌で、そんなとこに干すんじゃねー!とおっ母に怒鳴ったことがあるそうな。

おっ父が写っている2枚は、結婚披露宴での写真なだけあって、なかなか男前に写っている。
ダメんず感も半端ないけど。。

父親の顔を知ることで、会いたいという気持ちが強くなった。

30歳過ぎまでは、たま~に思い出すことがあった程度だった。
会ってみたいなぁ、とか思った時もあったけど、淡い願望の域を出なかったし、本気で会ってみようなんて思ってなかった。
そもそも、消息すら知らないし、会う術なんかないだろう、と。
探す方法を調べる、って発想自体なかった。
その程度だった。
どうでも良かった。つづく
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コメント

ilovebiri

No title

こんばんは。

私の父親に似ていますね。
うちは逆に母が逃げました(私4歳)。笑
今の母は継母です。よく嫁いで来たと思います(私8歳頃)。
奇特な女性です。

人って変わりますから。
私の父もどうしようもない人だった。(酒&借金)

お父さん、息子に会いたいと思いますよ。
私も、逃げた実の母に16の時会いに行きました(両親承諾の上)
母親ですから。どんな人でも。
母は今でも父を恨んでいます(自分は子供おいて出ていったくせにね)
私も人間的には実母が好きではないですが。

一度会ってあげるといいと思います。
可哀相です。会うと恨みなんか消えますよ。親子ですから。

2015/02/10 (Tue) 22:06 | ilovebiri | 編集 | 返信

ゆにくあ

No title

仕返しに下ネタでコメントしようとしたのに、
これは題材的に難しすぎます。

他人の人生、外からみてわかることなんて
ほんのちょっとですよね。蓋をあければ
みんないろいろ まー ほんといろいろ
ありますよね。

私の幼少トラウマは私には厳しすぎて、
普段は心の奥に鍵をかけてしまってあるけど、
時々おばけみたいに気配を感じるんですよね。

でも、おばけ退治するなら明るみ出すに限ります。

2015/02/10 (Tue) 22:42 | ゆにくあ | 編集 | 返信

kuromi

モル作さんの人柄が、

ご両親の素晴らしさ、環境の素晴らしさを表していると思いますv-22
他からみて逆境でも、結果、素敵な人たちだったのだと私は感じます。
会えるうちに、是非会えるといいですね♪
うんこ話からの急カーブにびっくりです(笑)

2015/02/11 (Wed) 00:24 | kuromi | 編集 | 返信

モル作

> ilovebiriさん

ilovebiriさんも色々あったんですね。。
お互い、楽しく生きてきましょう。

私の父は、後悔やら不甲斐なさやら、色々自分を責め続けてたかも知れません。

自分としては、短い期間でそれなりに愛情を込めて育ててくれてたのは伝わってたので、色々感想はあれど、憎い感情を持った事はありませんでした。

その後の話は…お楽しみにw

2015/02/11 (Wed) 02:42 | モル作 | 編集 | 返信

モル作

> ゆにくあさん

「これは題材的に難しすぎます」←和みましたw
ゆにくあさんの切れ味とさじ加減、尊敬しますww

おばけって表現は、凄く的確ですね。
無理にどうにかする事は難しいですが、生きてく中で、新しい経験や記憶、感情を重ねながら、少しずつ自由になってければ良いな、と思います。
ゆにくあさんの今後も幸せな日々を願ってます。
コメントありがとうございます。

2015/02/11 (Wed) 02:46 | モル作 | 編集 | 返信

モル作

> kuromiさん

急カーブすいません。というか、前の話すいませんw

そういう風に言ってくれて、ありがとです。
父と母が仲直りする日は来ないだろうな、と思いつつも、それぞれに対して悪い感情はなく、今となっては感謝する事が多々あります。
産んで育てて良かった、って思ってもらえるように生きてきたいな、と思います。

時に、フルートの練習の話は、ピアノと演奏方法が全然違うので、新鮮で勉強にもなります。
何より、あのブログめちゃ面白いです。
魔女の宅急便で妄想の下りは、パクらせてもらいました。

2015/02/11 (Wed) 02:50 | モル作 | 編集 | 返信

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