パパん捜索2 

2015, 02. 12 (Thu) 00:12

おっ父の写真をげっとした翌年、2011年におっ母から聞いた話。

更に遡る事、数年前、おっ父がおっ母の実家に電話してきたそうな。

東京を離れる事になった。老い先も短いので、我が息子、超絶糞に会いたい、と。

電話に出たのは母方の叔母。
超絶糞のおっ母に聞いてみなきゃ判断つかないので、後日改めて電話してくださいな、とあしらったみたい。

以降、おっ父からの電話はないんだそうな。
初めて聞いた時は、何て根性なしなんだ。。と思った。

後々聞いたら、この話にはちょっと嘘があった。
でも、これを切っ掛けに、こっちから探し出しとかなきゃ、と思った。

彼が営んでたお店とテナント業は、俺が生まれて半年後に倒産した。
で、一家で夜逃げした。
おっ母が、俺用のミルクを回収しに、俺をおんぶしながらマンションの裏口の階段から部屋に向かった時は、生きた心地がしなかった、と言ってた。
俺が目を覚まして泣いたらアウトだったかも、と。

その後、おっ父は全く働かず、競馬三昧の借金三昧だったそうな。
よく業者は毎月毎月、金貸したな、と思う。

おっ母は、丸投げされた家事と育児をこなしつつ、彼とその両親、俺、計5人分の生活をパートで賄った。
俺はその頃は祖父に、仮面ライダーのヘルメットを買ってもらって、ヒョー!!とか言ってたりしたんだけど、それもパートの給料から出てた、と後々知って、血の気が引いた。
そんな生活を数年続けた。

で、俺が5歳の頃に離婚した。
俺の事はおっ母が引き取った。
慰謝料なし。
養育費なし。

おっ母は、おっ父の顔だけは二度と見たくないというような事を何度か言っていた。
そりゃ、そうだ。

そんな経緯があるので、会ってみたいなんて、おっ母には言えなかった。
でも、とりあえず彼が死ぬまでに、再会しときたいと思った。
でも、内緒は駄目だ。
会う前までの、どこかのタイミングで言っとかないと。

おっ父は、その後も碌でもない生活を送ってる可能性が高いし、30年を経て、駄目駄目さに磨きが掛かってる可能性が高い。

なので、再会したとしても、距離(年に1回ご飯食べる、みたいな関係を望んでた)を保って、おっ母の個人情報は死守しなきゃ駄目だと思った。
まだ借金大魔王な可能性だってあるから、金銭的な関わりも皆無にする意志を保たなきゃ、とも思った。
おっ父だって俺的には確かに親なんだけど、だからって流されちゃまずい。
おっ父が原因で俺が苦労したら、それはおっ母や親戚の、いろ~んな努力を踏みにじってるようなもんだし、とか。

ようは、共依存的な要素は全部排除したかった。
冷たいとか暖かいとか、こだわるとかこだわらないとか、そういう問題じゃなくて、再会が原因で不幸になる人が出るくらいなら、会わない方がマシだと思った。つづく
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