おパパん、一応生きてた

2020年01月12日02:52  ☆パパん捜索★ 写真あり

1/10に、新大阪の病院に行ってきたよ。

暫く見ない間にだいぶ、おじいちゃん化してた( ;´Д`)

俺が病室に入った時、目を瞑ったまま全然動かなくて、即身仏みたいになってたので、一瞬、死んでるのかと思った。笑
そしたら寝息が聴こえてきて、ほっとした。

そしたらおっ父が目を覚ました。
俺を見て、また固まってた。笑
俺が来る事は知らなかった模様。

顔色は意外と良かった。
普通に会話もできてたので、頭もはっきりしてるようだ。

一旦、席を外して、院長さんに挨拶をした。
院長さん曰く、重病とかが原因ではないので、2週間くらい掛けて体力を回復させれば退院できる見込みだそうな。
ただ、血小板が極端に少ないし、寿命が近づいてる、と。

何で血小板が少ないかと言うと、肝炎だから。
何で肝炎かと言うと、東京にいた頃に、erikaちゃん病に掛かってたから。

え、まじすか?( ;´Д`)

今はもう完治したようだけど、何年か前まで後遺症の治療歴とか通院歴があって、幻覚とか幻聴がどうとか書いてあった。

結構、というか、かなり衝撃なんだけど。笑

生き別れになったような親と再会するってのは、綺麗事じゃ済まない、ってのはちょっとは理解してたつもりだけど、でも、一応、自分の肉親だからね。
そんな惨状だったとは、さすがに思いたくなかったわ。
大阪に来た理由のひとつは、それかよ( ;´Д`)

まぁでも、俺が自分で望んで再会して首を突っ込んだ事だ。
いちいち動揺してても過去は変わらんし、未来も変えられん。
おっ父も今更、息子にそんな事バレたくないだろう。
今現在、やましい事をやってなくて、俺達を巻き込む事もないんだったら、俺としては過去はもう飲み込むしかない。
聞かなかった事にしといてやるから、墓場に持ってってくれ( ;´Д`)


それから、入院の手続きをした。
入院費用は何と、福祉で全額賄われるらしく、俺は入院着の費用(500円×入院日数)だけ払えば済むみたい。
まじかー( ;´Д`)

手続きが終わると、今後についての話になった。

俺とおっ父の家族関係と置かれた状況、ってのは、病院側からすると割と茶飯事らしい。
で、大体トラブるんだって。
そういう時の対処方法を入れ知恵してもろた。

あと、俺が席を外した途端に、おっ父が感極まって泣き始めた、と( ;´Д`)
大の大人がお見舞いくらいで泣くんじゃねーよ、と思った。笑


その後、ケアマネの人が来て、入院までの経緯を教えてくれた。
1/6にベッドから落っこちて、そのまま動けなくなったらしい。
で、1/9に不審に思った管理人が警察を呼んだ。
警察が踏み込んで、倒れてるおっ父を発見して病院送り、と。
めっちゃ年寄りになったんだなぁ( ;´Д`)

ケアマネさん曰く、普段、暴力とか暴言みたいな問題行動もなく、わがままも言わない。
極めて穏やかに暮らしてて、介護の人の言いつけにも概ね素直に従ってる。
弱音も吐かないし、かと言って意地になったり無理をする事もない。
ただ、人と関わるのを嫌がるので、殆ど外出しない。
なので、運動不足でどんどん身体が衰える、と。

念の為、今はしゃぶしゃぶ的な事とは無縁になってる事は確認しといた。
あの人の心の弱さと自衛能力の低さは筋金入りなので、信用できん。笑

それから、退院後のサポート方法について話をして、連絡先を交換した。


関係者との話がひと通り終わった。
やっと、お見舞いタイムだ( ;´Д`)

とりあえず、音信不通になって以降の生活を報告した。
結婚した事、家を買って3人+猫1+亀2で暮らしてる事、超ブラック企業で社畜をしてる事。

あとは、おっ父が気になってそうな事。
両親の離婚後の生活振りとか、俺がどんな環境でどんな教育を受けて、どんな結果になったか、とか。

嫁さんの事も話した。
最近だと、一万人の第九でヴィオラの演奏してたよ、って言ったら、佐渡裕のあれか、そりゃぁ凄いなぁ、って喜んでた。
あと、桐朋ってやっぱ誰でも知ってるのね、と改めて思った。
でもそういえば、よく考えたら、まだおっ父と暮らしてた頃、俺よくクラシックのレコード聴いてたんだよね。
ベートーベンのトルコ行進曲とかバッハ大王の平均律とか、そういうのをかき集めた名曲集シリーズみたいなやつ。
って事は、おっ父もクラシックは分かるんだろう。

なお、俺がピアノを始めた事は、どうでも良すぎて言い忘れた。笑


そうそう、おっ父は、何で俺を避けてまた音信不通にしてたのか。
これは大体想像つくし、じじぃと中年でそんな少女漫画みたいな話題になるのも大層気色悪いので、触れなかった。
どうせ、うじうじめそめそして、しくしく泣いてただけだろう。笑

今度は退院したらメシ食いに行こう。
生きてればまた会えるんだから、ちゃんと体力つけて長生きしてくれ、と言って、握手して帰った。


日帰りだった事もあって、めっちゃ疲れた( ;´Д`)
まじかよ、って思った事もあったし、もう先が長くないってのも、よく分かった。

実際にまた生きて会えるのかどうかは分からんけど、おっ父の表情もかなり柔らかくなってたので、きっと彼の人生の悲しみみたいなものも、少しは小さくなったんだろう。
全然なってなかったら困るぞ。笑


新大阪で、豚の粕漬定食。


出張とかで関東を出る度に痛感する事なんだけど、東京って、メシまず地帯なのね( ;´Д`)


- ひとまず、完 -
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